それは、12月に入り、雪の似合う季節になろうとしている、そんなある朝のバスの中。

ヒソヒソ・・・

「ねぇ、あの人、かっこよくない?」
「かっこいー!!!」
「あれって、氷帝の制服だよね?」
「彼女、いるのかな?」
「えぇ〜!あれはいるでしょ!?いなかったら彼女に立候補するって!」
「とか言って〜、いても横取りとかする気満々なんじゃないの?」
「アハハハ!バレた?」

キャハハハ!

(〜っ・・・何であんなヤツがモテるわけ〜!!!?ムカツクっ!!!!)
そんな会話が聞こえてくる中、私は一人でイラついていた。

(昔はあんなに可愛げがあったってのに!!)

そう、彼は昔、ウチの隣に住んでいた、幼馴染だ。
小学校に上がる前までこっちにいて、その後大阪に引っ越して行ったのだ。
それが、中学生になるときに、また戻ってきたのだった。

(昔は毎日のように暗くなるまで二人で遊んで、泥だらけになってお互いの親に叱られたっけ・・・。)

その幼馴染がこんなヤツだったとは・・・・!!

学校へ行くと、私は窓のそばにある席に着き、さっさと1限目の準備をして外を眺めていた。
今日は快晴。
雲一つ無い。
それなのに、私の心には雲がかかっているようにモヤモヤしている。

、おはよーっv」
が話しかけてきた。

『ぁ、・・・おはよぅ・・・』
「・・・ぇ゛?何か、今日はいつにも増してテンション低くない?」
『べっつにぃ〜・・・。』
「ありゃりゃ・・・ι」

は私のあまりのテンションの低さにお手上げ、という状態のようだった。
そこへ・・・

「よぉ〜!!それとも。」
「ぁ、亮ちゃん、おはようv」
『宍戸さんや〜私はついでかい?』
「ハハッ。わりぃわりぃ。」
『ま、良いけどねぇ〜・・・。亮君はしか見えてないもんね〜。』

そして、また私は机に頭だけを乗せた上体で窓の外をボーっと眺めた。
亮君とのヒソヒソと話す声が、かすかに聞こえてくる。

「んぁ?コイツ、どうかしたのか?」
「きっとまた忍足君絡みじゃないかと思うんだけど・・・。」
「あぁ、そういうことか。ま、お互い素直じゃねぇからなι」
「まぁ、何とかなるでしょ。」
「・・・オマエ、慣れてきたな・・・ι」
「だって、毎度毎度パターンが同じなんだもん。いい加減、慣れちゃうよ。」
「確かにな(笑)」

そんな二人の会話を聞きながら、内心「失礼な!」と思っていたが、この二人の甘ったるい空気の中に入るのが鬱陶しくて止めた。

その日、私は用事があって、少し遅めの帰宅だった。
そして、ふと、ウチより一軒学校寄りの侑士の家を仰ぎ見た。
二階の電気がついている。
侑士の部屋の明かりだ。

(侑士・・・勉強中・・・?・・・んなわけないか。アイツ、授業中しっかりやってれば勉強なんか家でするもんじゃない、とかホザきやがるし!!!)
私はやたらと勉強の出来る侑士に腹を立てた。

実際、帰ってきた侑士はイヤミなくらい勉強が出来て、テニスも名門氷帝学園のレギュラーだ。
総勢200名のトップに立つ跡部とも仲がいい。

そして、本当にタチが悪いのはあの性格だった。
学校にいるときなんかの外面はものすごく良いけど、私に対してだけはありえないくらい冷たい。

(何だって言うのよ!私が何かした!?何か怨みでも買ったわけ!?)
『あぁっ!もう!!腹立つなぁ!!!バカヲタ侑士!!』
そんなことを考えているうちに、段々ムカついてきた私は、さっさと自分の家へと入った。

・・・侑士がカーテンの向こうからこっちを見ていたことも気づかずに・・・。

今日の天気は雨。
風も強く、季節外れの嵐のようだ。

『も〜〜〜〜っ!!何で今日に限ってこんなに出すのよ!あの先生!!』

事の発端は、昼休みのことだった。
何となく教室にいるのが嫌で、校内を当ても無くブラブラしていた。
やっぱり何か落ち着かなくて、屋根のあるギリギリの所まで外に出た。
足元を見てみると、ウチの学校にしては珍しく石が転がっていた。
このところ、やたらとむしゃくしゃしていた私は、つい力余ってその石ころを蹴飛ばしてしまったのだ。
よりにもよって一番ウザい数学教師に向かって・・・。
その石は、その先生の後頭部にクリーンヒットしたのだった。

『あ〜ぁ。最近、ついてないなぁ〜・・・そもそも、何であんなところに先生がいたわけ!?』
私は、ブツブツ言いながらバツとして出された数学の問題を解いていた。

ガタガタガタ・・・・

『ヒッ・・・!』

風が強くなってきた。
もう12月だ。
暗くなるのも当然早い。

『も〜っ!ヤダヤダぁ〜・・外真っ暗じゃん・・・。侑士だったら、こんな問題あっと言う間に終わらせちゃうんだろうなぁ・・・。・・・って・・・えっ!?』
ふと口をついて出た言葉・・・。

『何でアイツの名前なんか・・・!ふん!アイツなんかに頼らなくたってこのくらい一人で出来るし!!』

数分後・・・・

『え〜んιやっぱり終わらないかも〜(泣)』
段々強くなる雨や風に、心細くなっていく。
『はぁ〜私に侑士並みの頭脳があれば・・・ι』

「なんや、もう音を上げるんか?」

突然後ろから聞こえてきた関西弁。
私は硬直した。

「おい、聞こえてへんの?」

私はゆっくり後ろを向く。
『ゆ・・・し・・・?』
「ちゃんと聞こえてるんなら返事くらいせぇ。」
そこには、腕を組み、壁にもたれて立っている侑士の姿があった。

『な、何でここに?とっくに皆帰ってる時間・・・。』
「さぁ〜?何でやろなぁ?」
そう言いながら私の方へとゆっくり歩み寄ってくる。

侑士は、私のすぐ後ろまで来て立ち止まり、机の上の数学の問題を覗き見た。
かすかに香る、侑士の匂いが鼻をくすぐる。

トクトクトク・・・・

鼓動が速まる。
息をするのにも勇気が要る。

「こんな問題、さっさと終わらせろや。」
『ぅ・・・うるさいなぁ!///どうせ私は侑士みたいには勉強できないもん!!ほっといて!』
「ふ〜ん・・・。じゃ、そうするわ。じゃぁな。」
『・・・ぇ・・?』

帰ってしまおうと歩き出す侑士・・・。
私はすごく不安になった。

その瞬間のことだった。

フッ・・・

突然電気が消えたのだ。
辺りは真っ暗だ。

『イヤぁっ!!何何!!?』
私はたまらず悲鳴を上げた。

「停電・・・か。、そこを動くんやないで?」
『ぅ、うん・・・。』
私は、侑士の声に素直に従った。

暗く、何も見えないこの空間の中で侑士と二人きり・・・。
見えないけれど、確かに感じる侑士の気配。
さっきまでの恐怖感が消え、むしろ安堵感すら感じる。

ふわ・・・

そのとき、私を後ろから優しく包むものがあった。
『ゆ、侑士・・・?///』
「大丈夫や。・・・いつでも、お前のそばには俺がおるから・・・。」
『ぅん・・・。』

耳元で囁かれる侑士の声が心地よくて・・・。
触れ合っている部分が温かくて・・・。
私はすべてを侑士に預けて目を閉じた。

パッ!

ようやく電気がつき、ゆっくりと目を開けた。
スッポリと侑士の腕の中に収まっている私・・・。
(侑士・・・いつの間にこんなに差がついちゃってたんだろう・・・?)

、大丈夫か?」
『ぁ、うん。平気・・・///』
「クス。」
突然クスリと笑う。

『ぇ?え??何?///』
、耳まで真っ赤やん。どないしたん?(微笑)」
そう言われてますます私は真っ赤になってしまう・・・。

『ぅ・・・。そんなこと無いもん///』
私は恥ずかしくて下を向いてしまった。

かすかに侑士が動く気配がした。
と、そのとき・・・。

私の座っている席の机に軽く腰掛けている侑士にクイッと顎を持ち上げられた。
侑士の瞳が私を捕らえる・・・。

『ゆ・・・し?』
、お前、俺のこと好きやろ?」

好き・・・?
突然の言葉に一瞬思考回路が止まってしまった。

そして、バッと侑士の手から離れる。
『ななななな/////何を言い出すの?///侑士!!///そんなことあるわけ・・・。』
「無い、か?ほんなら、何で真っ赤になるん?」
『ぅ・・・。///それは・・・。////』
そう言って私は目を伏せた。

好き・・・。
バスの中で・・・、学校で・・・、侑士が女の子に騒がれているとイヤ・・・。
侑士に冷たくされると胸が痛い・・・。
そしてさっきも、侑士の声が・・・腕が・・・ぬくもりが・・・すごく心地よかった。
・・・これが、好き、なの?

そうだ・・・。
私は侑士が好きなんだ・・・。
私はやっとこの気持ちを表すに相応しい言葉に巡り会った。
そして、ずっと心の中にあったモヤモヤが晴れていくのを感じた。

この数秒の間も、侑士の瞳は私を捕らえて離さない。
私はゆっくりと視線を侑士へと戻す。
「どうしたん?」
『私・・・。』
「ん?」
『私・・・侑士のことが・・・好き・・・///』

ぐいっ・・・

『ひゃっ!?』

私は再び侑士の腕の中にいた。
『ゆ、侑士!?///』
「やっと・・・。」
『ぇ?』
「やっと手に入れた・・・。」
『侑・・・。』

そう言う侑士の声はかすかに震えていた。

『侑士・・・それって・・・。』
「俺は、ずっとお前のことが好きやった。昔から・・・。
ホンマ、大阪から帰ってきたとき、正直驚いたわ。あまりにも綺麗になってて。
それでも笑顔はあの頃のまま・・・。
知ってるか?この学園のほとんどの男共がお前を狙ってるんやで?
お前は誰からも好かれるからな。逆に距離を置いとったんや。
お前を試すようなことしてごめんな?」

侑士が私を好きだと言ってくれた・・・。
今まで冷たくされてたのは寂しかったけど、その分はまたこれからいくらでも埋めることができる。
私は言葉では言い尽くせないほどの幸せを感じていた。

『侑士、・・・大好き。』




オマケ



その後、私たちは結局遅くなるのを承知でそのまま教室に残っていた。

「そう言えば、お前、よく人のことヲタク呼ばわりしてくれてたな?」
『ぇ・・・?ι』
「あれは聞き捨てならん。」
『えぇっと〜・・・。だって、そんな感じがするんだもんι』
「何や、それ?でも、ま、あながち間違ってもおらんわな。」
『へ?』

侑士はニッと笑って顔を近づけてきた。

「俺は、‘ヲタク’や。」

チュッv

そう言って、侑士は軽く唇にキスをしたのだった。

『〜〜〜〜!!!//////』
、好きやで?」



Fin.